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全国霊場めぐり一覧

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弘法大師霊場

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関東 A-30 関東八十八ヵ所霊場 5 関東地方に、新しい大師信仰の芽を根付かせよう、弘法大師の教えを生かしながら21世紀の「空海の道」を実践しょうと、同じ志を持った有志により、2年有半の準備期間を経た1995年11月に成立した霊場。
A-31 多摩八十八ヵ所霊場 0 万葉の時代から交通の要衝であった多摩地方は大師信仰の盛んなところで、江戸時代に多摩八十八ヵ所が開かれ、幾多の合戦により灰燼に帰す結果となり、昭和9年に現在の形に改められたが第二次世界大戦で参拝も途絶え、昭和40年代に入り参拝者を多く見かけるようになった。
A-32 甲斐百八ヵ所霊場 0 我が国の仏教史に登場する逸話やそれにまつわる寺院が多く残され、江戸時代中期に幾つかの霊場が計画されたが、定着しないまま今日に至り、昭和55年テレビ山梨開局十周年の記念行事に甲州の霊場めぐりの復興が持ち上がり各宗派を網羅した甲斐百八霊場が定められた。
北陸 A-40 弘法大師越後廿一ヵ所霊場 0 大師入場の3月21日にちなみ、大正12年に弘法大師生誕1150年を祈念して、新潟市内・県北部を中心に開設された霊場です。
東海 A-53 三河新四国霊場 0 江戸時代に始まり十年かがりで開創にこぎつけたが、第二次世界大戦や三河地震などにより衰退を余儀なくされました。第61番無量寺の松山孝昌住職が弘法大師の夢告げにより江戸時代の納経帳を発見したのがきっかけとなり、昭和35年より、霊場復興に乗り出し、各寺院に協力を呼びかけ、昭和40年に霊場会事務局が発足「三河新四国霊場」として、再興された霊場です
A-50 知多新四国八十八ヵ所霊場 1 亮山法師は夜毎の夢の中で大師のお告げに感激し、聖地を体してこの地に霊場開創の大願を起こし、後に同じ思いの二人の同志を得て幾多の辛苦をなめながら、文政7年新四国88ヵ所の札所を定め、各寺に御土砂を納めて大師尊像を奉安した。霊夢に感銘発願してより16年歳月を要していた。
A-51 伊豆八十八ヵ所霊場 0 伊東市の大江院の先々代に当たるお祖母様の朝香トミ様が明治45年4月に50日掛けて巡礼された時の納経帳が残されており、納経帳を頼りに田上東平先生が足で確かめ巡礼記録をまとめてガイドブックの出版により各地より巡拝者が訪れるようになり今日に至っている。
A-52 美濃新四国八十八ヵ所霊場 0 文久年間頃から巡拝者のあった霊場は美濃地方全域に広がり、明治末期の再編成により比較的参拝しやすい規模となり、大正、昭和と多くの参拝者で賑わったが、第二次大戦により廃絶状態となる。昭和48年弘法大師生誕1200年頃より再興の気運が高まり、岐阜県真言青年会の若い僧侶達が資料収集、現況調査など準備を重ね昭和50年5月に正式に、再出発となりました。
近畿 A-61 摂津国八十八ヶ所霊場 0 安永年間の開創以来、賑わった霊場も第二次世界大戦により、伽藍を消失した寺院も多く衰退して行きましたが、昭和50年代に入り各地区の霊場会事務局が結成されのに伴い。昭和55年「摂津国八十八ヶ所霊場」として再興がなされた霊場です。
A-60 淡路四国八十八ヵ所霊場 0 わが国発祥の地で神秘に満ちた淡路島の霊場巡拝は天明年間から始まり幾度かの変遷の後、現在のものは、昭和6年弘法大師御入定1100年御遠忌の3年前に千光寺、和田性海住職を中心に全淡真言宗住職協議の総意により、四国八十八ヵ所各霊場より、本尊御影と霊土を勧請して、淡路四国八十八ヵ所として面目を一新したものです。
四国 A-80 四国八十八ヵ所霊場 19 815年、弘法大師42才の時に開いたといわれる。また、大師入定後、高弟真済がその遺跡を遍歴したのが始まりとか、衛門三郎が自己の非を悟って四国の霊地を巡ったのが遍路のはじまりと云う説もある。
A-81 四国別格二十霊場 2 四国88ヵ所霊場とともに番外札所として開かれた、弘法大師の古くからの歴史を持つ霊跡、88霊場に別格20霊場を加え「百八煩悩の消滅を願うお大師さまの道」の巡拝ができる。
A-82 小豆島八十八ヵ所霊場 1 貞享3年真言宗の住職36人が大師の御開創をよりどころに、八十八ヵ所を制定。霊場としての規模、体制も整い、興隆を重ねながら今日に至っております。島霊場の特徴は、岳あり、滝あり、洞窟あり、とバラエティに富んだ不思議な魅力ある霊場です。
A-83 四国曼荼羅霊場 1 1989年(平成元年)に巡礼の聖地、四国の壱千数百年の歴史をほこる代表的古刹八十八社寺が神仏を結集し、「曼荼羅」の世界を創りました。人は皆 肉体の健全と心の安定を求め日夜修行します。そして、人はマンダラの力により、より完成された、悟りに近づいた自分を発見するのです。
九州 A-90 篠栗八十八ヵ所霊場 1 村中に蔓延していた伝染病を尼僧慈忍の祈願により病魔が退散、喜んだ村人は慈忍の呼びかけに協力して18躰の石仏が造顕されるが、2年後慈忍が世を去り、後年、慈忍の悲願を知った藤木藤助は、5人の同行とともに本四国88ヵ所を巡拝し、各霊場のお砂を捧持し、帰国後88躰の御本尊奉安のため浄財を募り、苦労を重ねて村内の景勝地に御本尊を安置し、勧請したお砂を各札所に納め霊場とした。1854年のことである。
A-91 九州八十八ヶ所霊場 3 弘法大師空海が806年(大同元年)唐より帰朝して2年間留まった聖地で、有縁の地に堂宇を建立して、密教の東漸を祈られた真言密教初転法輪の地。弘法大師入定1150年御遠忌を記念して有縁の寺院により1984年(昭和59年)に霊場は開創されました。一部、札所寺院の異動があり、今日に至っております。

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観音霊場

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北海道 B-10 北海道三十三観音霊場 3 明治末期、開拓にめどがつき、将来の展望をつかみかけた北海道に霊場創設の篤い信仰心を携えて、郷里徳島を後に、単身 北辺の地に渡った、山本ラク(当時65才)の熱意に動かされた、僧侶や郷土出身者による物心両面にわたる協力により、1913年(大正2年)「北海道三十三観音霊場」が開設されました。しかし、戦争などにより、参拝する人も途絶え、一部の人を除き世間から忘れられておりましたが、各方面から霊場再興の要望と札所寺院の協力により、昭和60年9月「北海道三十三観音霊場会」が発足し、最北の地の霊場がよみがえり現在に至っております
東北 B-24 置玉三十三観音霊場 0 山形県南部、米沢盆地に点在する霊場、安土桃山時代の開創と言われ。鶴の恩返し伝説「夕鶴」で知られる新山観音(18番)山形県内最古の建物、深山観音(8番)など興味深い寺院の他 無住のお堂もあり、素朴な巡礼体験が出来る霊場です。
B-25 庄内三十三観音霊場 0 鶴岡市の山伏宝蔵院明慶が西国三十三観音のお土砂を勧請し事に創まり、庄内地方、羽黒、鶴岡、酒田市を回る霊場。見どころとして羽黒修験で名高い荒沢寺、正善院、ミイラ(即身仏)で知られる、大日坊、注蓮寺などがあります。
B-20 津軽三十三観音霊場 1 西国33ヵ所にならって制定される。村落の誕生発展に伴ない、村びとの拠金や奉仕、篤志家たちによって観音堂が建立され、観音講も生まれ、信仰、堂舎、講組織が津軽三十三観音の母体となる。
B-21 最上三十三観音霊場 1 起源は最上頼宗の娘、光姫の観音信仰伝説がある。現在の札所はおよそ380年前、最上義光のころに成立、江戸中期に順番が決まった。
B-22 奥州三十三観音霊場 1 慈覚大師の開基の後、名取の神子も、1123年、西国にならい33ヶ所の観音霊場を定めたが、時代とともにさびれ、1761年気仙沼の補陀寺の智膏和尚等7人の僧俗によって再興された。
B-23 会津三十三観音霊場 1 会津松平家の祖、保科正之が領主になってから後に定められる。伊勢、熊野、西国などに出向く者が多く、領外に多額の費用を持ち出す事を防ぐ為、会津に神社を勧請し、高僧らに計らって、33ヵ所を定めたと伝えられる。
関東 B-35 下野三十三観音霊場 0 栃木県内に点在する霊場、開創は不明、地元新聞によって「下野三十三札所めぐり」が連載された後、平成4年単行本となって復活を果たした霊場です。各札所は由緒有る代表的な魅力いっぱいの寺院で構成されております。
B-36 武蔵野三十三観音霊場 1 東京都西部と埼玉県にまたがる多摩川、荒川、入間川に囲まれた洪積台地の先端に位置する石神井公園から始まり武蔵野を西へ飯能にいたる霊場です。昭和15年ごろ、郷土史家 柴田常恵氏を中心に、関連ある寺院の住職等によって開創されたが、第二次世界大戦による荒廃と混乱と共に衰退していったが、昭和30年代に入り参拝者の姿が見られるようになった。都会から山奥にいたり、手軽に自然鑑賞を味わえる雰囲気が魅力の霊場です。
B-37 新上総三十三ヵ所霊場 0 開創は江戸時代で、上総の国、安房の国、下総の国と房総百観音として栄えたが明治の廃仏毀釈、昭和の世界大戦により衰退していった。平成8年有志が結束して再興された霊場で木更津、君津、富津各市に点在している。
B-30 坂東三十三観音霊場 3 750有余年の歴史を持つ札所、源家将軍の篤い観音信仰があり、源実朝のときに制定され、関東武士たちが、西上した際、直接西国札所を見聞し、理解を深め、観音寺院が組織化された。
B-31 秩父三十四観音霊場 1 室町時代中期に成立したと推測される。初めは33ヵ所だったが後に1ヵ所加えられ、西国、板東と合わせて百観音が成立した。
B-32 安房三十四観音霊場 1 1232のころ、行脚僧がこの地を訪れ、山紫水明の地にある観世音を奉安する寺を霊場と定め、開扉し、諸人に結縁させたのが、安房国霊場の始まり。
B-33 昭和新撰江戸三十三観音霊場 0 享保年間の開創と推定されている。廃寺や不明の札所などがあり、昭和51年山手沿線にあった往時の札所に新たな札所を加えバラエティに富んだ昭和新撰江戸八十八ヵ所が誕生、再発足しました。
B-34 信濃三十三観音霊場 1 約400年前に西国33ヵ所にならって発祥したもの。小川村の高山寺(結願寺)の和尚と保科の清水寺の和尚が中心になり、考案されたと云えられる。
北陸 B-40 越後三十三観音霊場 0 鎌倉時代北条5代西明寺時頼入道によって、越後巡錫の時に定められた説、上杉家ゆかりの寺院が多いところから上杉謙信公の頃からとの説がある。海あり、山あり、河ありの変化に富んだ約600キロに及ぶ霊場です。
B-41 北陸三十三観音霊場 0 昭和62年に開創された霊場は、北陸三県(福井、石川、富山)にまたがる美しい自然の中に札所があり、奈良時代の古寺が多く観光地が共存した霊場です。。
東海 B-53 美濃三十三観音霊場 0 岐阜県南部の木曽川と長良川に挟まれた豊かな自然の中に点在する霊場は記録によると、享保12年(1727)以前の開創と思われる、第二次世界大戦を挟んで衰退していたが、戦後暫くして復興の気運が高まりと札所寺院とその檀信徒の熱意により復興し伝統は今日に引き継がれております。
B-54 尾張三十三観音霊場 0 江戸時代には多くの巡拝者で栄えたが、明治の廃仏毀釈、第二次世界大戦により、衰退を余儀なくされました、戦後しばらくして、復興気運の高まりと信者たちの呼びかけで、新たに霊場が結成され、昭和33年開創法要が興正寺(結願寺)で行われた。名古屋市中心の徳川家のゆかりが深い霊場です。
B-55 伊勢西国三十三観音霊場 0 正確な開創時期は不明ですが、千年余の歴史の有る霊場で、伊勢、鳥羽、津、鈴鹿、亀山、四日市各市と周辺三郡に点在する札所は一時期衰退していたものを、歴史有る霊場を復活させる気運の高まりにより、昭和44年に復興されました。
B-50 飛騨三十三観音霊場 0 史跡、文化財を有する寺院、当地出身の円空仏を祀った寺院が札所として、「円空上人が歩いた道」のサブタイトルで高山市・吉城郡に点在する観音霊場です。
B-51 遠州三十三観音霊場 0 花の寺、温泉や観光地が多く、東海道沿線(掛川、袋井、磐田、浜松、湖西)に散在する霊場は温暖な気候に恵まれ年間を通じて参拝者が絶えることが無い霊場です。萩の一番蓮華寺・石松の墓所二番大洞院・山岡鉄舟大書きの襖がある六番永江寺・左甚五郎の「胴切りの龍」がある十番江雲寺など見所もいっぱいの霊場です。
B-52 三河三十三観音霊場 0 徳川氏ゆかりの寺院と、曹洞宗と浄土宗の寺院が多い、3番大樹寺は徳川家康が今川勢敗戦の知らせにより自刃しょうとした時、住職の示した「厭離穢土、欣求浄土」二句により翻意した寺、12番には近藤勇の首塚、家康手植えの桜がある18番補陀寺など由緒ある寺院が多い。
近畿・東海 B-60 西国三十三観音霊場 4 徳道上人が閻魔大王のお告げによりこの霊場を開き、平安中期(270年後)花山天皇が巡礼されたのが始りとされている。※西国霊場各寺院のご本尊(観世音菩薩様)との結縁御開帳が平成20年9月〜平成22年5月までの間に順次行われます。
B-62 東海白寿三十三観音霊場 0 豊かな老後のために観音信仰を高めようと、平成5年和歌山、三重、愛知、岐阜各県の僧侶有志によって結成された霊場です。
近畿 B-66 近畿白寿観音三十三ヶ所霊場 0 「ぼけ封じ」を中心に、健康、信仰、観光をテーマにして平成元年に京都府、兵庫県、滋賀県の寺院三十三ヶ寺で発足した霊場。
B-61 洛西三十三観音霊場 1 応仁の乱で京の街は大半が焼失し、周辺の寺々も戦火で堂宇を失い荒廃する。江戸期に入り再建されていくにつれて、人心が安定し、観音巡礼が盛んななり、西国霊場になぞらえ各地で西国うつしの観音霊場が設けられるようになると京都の街にも洛陽33ヵ所につづいて洛西33ヵ所が設けられた。
B-63 近江三十三観音霊場 0 起原は江戸初期ごろといわれ、琵琶湖を一周するように33ヶ所が点在し、古寺名刹が多く、随所に歴史の面影が漂い。風光明媚な自然の景観が満喫できる霊場です。
B-64 新西国三十三観音霊場 0 昭和7年京阪神の新聞社が一般読者の人気投票により選定した、近畿二府四県の庶民的な霊場です。
B-65 淡路西国三十三観音霊場 0 わが国発祥の地で神秘に満ちた淡路島の霊場巡拝は天明年間から始まり幾度かの変遷の後、現在のものは、平成7年に復興され、海と山の素晴らしい自然を楽しみながらめぐる霊場です。
中国 B-73 因幡三十三観音霊場 0 現在の鳥取市(旧気高郡含む)を中心に岩美、八頭郡に点在する霊場、元和年間ごろの開創と云われるが詳細は不明、札所は異動、変更が繰り返され、廃寺になった寺院もあり、近年改定されたものを掲載しています。
B-74 伯耆三十三観音霊場 0 現在の鳥取県米子市、倉吉市、東伯、西伯、日野各郡にまたがる霊場は江戸時代の開創と云われるが詳細は不明、第29番札所 三徳山三仏寺は有名。
B-75 長門三十三観音霊場 0 山口県西部に位置する霊場、宝永年間に発願、成就したと伝えられており、長年途絶えていた霊場を郷土史家 山下喜一氏の尽力で再興されたものです。
B-76 周防三十三観音霊場 0 瀬戸内に面した山口県岩国市から山口市に点在する霊場、室町時代に成立と云われるが、詳細は不明、長年途絶えていた霊場を郷土史家 山下喜一氏の尽力で再興されたものです。
B-70 中国三十三観音霊場 1 1981年7月、3年間の準備検討の結果、由緒、歴史のある寺院を選定し、広島原爆の慰霊塔にもお詣りして真の世界平和を祈願して誕生した新霊場。
B-71 出雲三十三観音霊場 1 資料に乏しく、判断しがたいけれど、室町期の成立ではないか。当初は修行僧やごくかぎられた人が巡拝し、庶民化したのは江戸中期以降では----
中国・近畿 B-72 瀬戸内三十三観音霊場 0 瀬戸内海を中心(兵庫、岡山、広島)に33ヵ所が散在し「巡行すれば千苦を洗う。万人平和人づくり歩道場」と昭和60年3月に開創された新霊場です。
四国 B-81a 阿波西国三十三観音霊場(東地区) 0 徳島県東北部を中心に吉野川に沿って点在する霊場、宝永年間の開創と伝えられている、四国八十八ヶ寺霊場と7ヶ寺、別格一番大山寺等と重複し200有余年の歴史ある寺院で構成され、昭和47年に再発足した霊場です。
B-81b 阿波西国三十三観音霊場(西地区) 0 徳島県西北部を中心に吉野川に沿って点在する霊場、開創など詳細は不明。
B-80 さぬき三十三観音霊場 1 弘法大師ご誕生の地で、室町時代に開かれた霊場は創建当時より親しまれておりましたが、 明治の廃仏稀釈などにあってやむなく衰退してゆきました。 再建された寺院や地域住民、僧侶等の熱意によって昭和52年10月、復興されました。 平成20年は「さぬき三十三観音霊場会設立30周年」の記念の年にあたり「女人厄除けまいり」の新たな取組みを始めております。 全札所が真言宗の寺院で豊かな自然の中に篤い信仰が息づいた霊場です。
九州 B-91 国東三十三観音霊場 0 「ほとけの里」大分県国東半島の霊地をめぐる霊場です。
B-90 九州西国三十三観音霊場 0 和銅6年法蓮上人と仁聞菩薩が同行4人と18ヶ寺、天平3年に仁聞らは同行16人で更に15ヵ所の霊場を追加巡礼した事が起原とされている。各霊場の開基は、百済系15霊場、インド、中国、朝鮮半島からの渡来僧が8霊場もあり、大陸に近い九州西国霊場の特色がうかがえる霊場です。

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不動霊場

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北海道 C-10 北海道三十六不動尊霊場 1 1989年に成立した不動尊霊場。旭川市を中心にした北部に位置する1番から9番を発心の道場、東部に広くわかれている10番から20番が修行の道場、夕張市から渡島半島にかけての21番から28番を菩提の道場、札幌市・小樽市を中心にした29番から36番を涅槃の道場と呼んでいる。
東北 C-20 東北三十六不動尊霊場 0 昭和62年に開創され、山形県を「布施の道場」秋田県を「特戒の道場」青森県を「忍辱の道場」岩手県を「精進の道場」宮城県を「禅定の道場」福島県を「智慧の道場」として、真言系寺院を中心に禅系、修験系の寺院で組織されている。
関東 C-31 北関東三十六不動尊霊場 0 昭和63年、北関東三十六不動尊霊場は三密教の道場として、群馬県は「身蜜修行の道場」栃木県は「口蜜修業の道場」茨城県は「意蜜修業の道場」で組織され。護摩を焚く寺を基準に選ばれている。
C-32 関東三十六不動尊霊場 0 五色不動、関東三不動、関東三山などが含む、有名寺院が多い。神奈川県「発心の道場」東京都「修業の道場」埼玉県「菩提の道場」千葉県「涅槃の道場」として昭和62年に開創された新しい霊場です。
北陸 C-40 北陸不動尊霊場 0 北陸三県(富山、石川、福井)に点在する不動霊場は七尾城主畠山氏の祈願所であった1番長樂寺、弘法大師の開基の9番妙観院、元正天皇の勅願寺で、本堂は重文の36番羽賀寺など歴史を感じながらお参りしたい霊場です。
東海・近畿 C-50 東海三十六不動尊霊場 0 平成元年に設立、愛知、岐阜、三重県に散在する不動尊霊場で、犬山成田山と呼ばれる大聖寺を1番、大須観音の10番宝生院、広大な境内の曹洞宗の名刹17番妙厳寺、弘法大師創建、真言宗岐阜県一の名刹32番圓鏡寺、尾張徳川家の祈願寺36番興正寺までを巡る霊場です。
近畿 C-60 近畿三十六不動尊霊場 0 1番四天王寺から36番高野山 南院まで宗派にとらわれず一般の人の立場から霊場寺院が選定されて、古寺顕彰会が中心となって、昭和54年発足した霊場です。            大阪府、京都府、兵庫県、滋賀県、奈良県、和歌山県の6県に跨っています。
四国 C-80 四国三十六不動霊場 1 1988年(昭和63年)に開設され、四国四県(北東部にまとまっている)にまたがっている。不動明王に対する信仰は平安時代の密教の盛行とともに広まり、その御修法は供物を焚くもので、その火は煩悩を焼き尽くす智慧を象徴し、もって息災や増益を祈願する。
九州 C-90 九州三十六不動尊霊場 0 1番両子寺の国東半島から始まり西郷隆盛の菩提寺15番南洲寺、曹洞宗の名刹20番大慈寺、唐から帰朝した弘法大師が興したわが国最初の密教霊場36番東長蜜寺など風光明媚な九州全土に広がる不動霊場です。

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薬師霊場

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中国 D-70 中国四十九薬師霊場 0 岡山県(10ヶ寺)広島県(12ヶ寺)山口県(11ヶ寺)島根県(6ヶ寺)鳥取県(10ヶ寺)と山陽路から山陰路の中国地方全域に分布しており、平成9年に富永航平先生のご尽力で開創された新しい霊場です。地元では古くからお薬師さまの信仰に努力された寺院ばかりです。
九州 D-90 九州四十九薬師霊場 0 福岡県(9ヶ寺)大分県(9ヶ寺)宮崎県(7ヶ寺)鹿児島県(3ヶ寺)熊本県(5ヶ寺)長崎県(4ヶ寺)佐賀県(12ヶ寺)福岡県と回る、九州全域に広がり、九州独自の文化が、先人の努力によって今日まで護持された寺々の集まりで。薬師信仰という、真摯にして敬虔な古い形の祈りを通して、神と仏が共存した、日本らしい信仰の形態を回顧しつつ、幅広い信仰文化の創造をめざし、平成14年に富永航平先生のご尽力で開創された新しい霊場です。 九州四十九院薬師霊場会々長 神原玄應(第四十九番大興善寺住職)の九州四十九院薬師巡礼のすすめの一部を引用させて頂きました。
東海 D-50 遠江四十九薬師霊場 0 享保年間の開創らしく。明治時代ごろは行き交う遍路の姿が見られたと云う。その後衰退し、昭和50年代に遠江四十九薬師奉賛会を復興し、薬師如来に病気平癒を祈願する人々の信仰を集めている。
東海・関東 D-51 中部四十九薬師霊場 0 昭和63年開創の薬師霊場は、特別札所長野の善光寺を含む中部山岳の長野、岐阜県に広がり、1番信濃国分寺から北向観音で知られる2番常楽寺、木造薬師如来坐像(重文)が本尊の49番願興寺まで巡る薬師霊場です。
D-52 東海四十九薬師霊場 0 三重、愛知、岐阜、静岡各県のお寺により「東海四十九薬師霊場会」が発足。三河湾国定公園、浜名湖県立自然公園、渥美半島県立自然公園、室生赤目青山国定公園、鈴鹿国定公園、飛騨木曽川国定公園の美しい自然に包まれた広大な地域に広がる薬師霊場です。
近畿 D-60 播州薬師霊場 0 「一隅を照らす運動」の一環として21世紀に真の平和を迎えられるよう昭和56年に21ヶ寺で開創された薬師霊場です。
D-61 淡路四十九薬師霊場 0 淡路西国霊場が開創(天明年間)してまもなく開かれた古い霊場です。医学が発達していない時代、地元の住人は薬師堂ゃお堂などを守ってきた事は、篤い信仰を集めていた証拠です。
近畿・東海 D-62 西国四十九薬師霊場 1 現代社会の世相を考えるとき、今こそ、薬師信仰を興隆し、心身の健康をとりもどし、幸せな社会実現に努力しなければならないとの声が各方面から起こり、関係者が協議し、薬師如来本願功徳経の四十九燈に因んで四十九ヵ寺によって、1989年7月、大坂にて西国薬師霊場会が結成された。

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地蔵霊場

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中国 E-70 中国地蔵尊霊場 0 岡山、広島、山口、島根、鳥取と各県6ヶ寺づつ回る、中国地方全域の30ヶ寺が結集して、平成9年に開創された霊場です。
東北 E-20 山形百八地蔵尊霊場 0 昭和62年に開かれた霊場は、山形盆地、最上川上流域、新庄盆地に広がり、歴史や風土に親しみながら廻る地蔵霊場です。
近畿 E-60 河泉二十四地蔵霊場 0 平安末期に開かれており、地蔵尊を祀る寺院も多く、早くから地蔵信仰が盛んだった事がうかがえる地域です。しかし、 廃仏毀釈や戦乱により下火となっていた信仰を、大阪府内の旧河内の国、旧和泉の国に昭和53年開創記念大会が開かれ、復興された霊場です。
九州 E-90 九州二十四地蔵霊場 0 弘法大師ゆかりの九州に昭和61年に開創された霊場です。世の中に悩み苦しむ者がいるかぎり24に分身して衆生を救ってくれる地蔵尊の本願を広く後々に伝えていくために開かれました。

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十三仏 霊場

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東北 F-20 山形十三仏 霊場 0 霊場会発行のパンフレットに「生きるやすらぎ そしていのり 十三仏巡礼」とあり、山形県山形市、天童市、寒河江市、と周辺4郡(北村山郡、最上郡、西村山郡、東村山郡)の寺々は由緒有る古い寺院で信仰の輪を広げるために、平成4年に開創された霊場です。
中国 F-70 出雲十三仏 霊場 0 開創は昭和59年と新しい霊場ですが、松江市を中心に宍道湖を囲むように札所が点在しており、出雲三十三観音霊場と重なっている寺も有り、周辺観光地巡りにも便利で遠方よりの参拝者にも喜ばれる霊場です。
近畿 F-62 京都十三仏 霊場 0 国際観光文化都市にふさわしい古都の寺々が集まって昭和56年に誕生した霊場で、智積院をはじめ泉涌寺、仁和寺や大光明院などの古刹が名前を連ねている霊場です。
F-63 おおさか十三仏 霊場 0 大阪、八尾、堺各市の代表的な浪速の寺々が集まって、昭和54年に誕生。大阪市民や近畿圏の人々に親しまれ信仰を集めている寺ばかりです。
F-60 大和十三仏霊場 1 1982年(昭和57年)に開設された霊場、日本人の心の古郷、大和路に先祖供養とあなたの生まれ歳守り本尊が座します十三仏さまへの厚き信仰と、心を洗う花の寺を訪ねるのは、二百十余年にも及ぶ国宝・重要文化財を有する大和名刹を訪ねる旅でもあります。
F-61 大和七福八宝めぐり 1 江戸時代に成立したと云われる大和七福神は、長い間忘れ去られておりましたが、1977年(昭和52年)に再興された。七つの福宝が授かり、更にこの福宝を増進する三輪明神の「七福倍増」の福宝、即ち、七福八宝が授かる おめでたずくしの、大和路めぐりです。

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特殊な霊場

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近畿・東海 G-68 役行者霊蹟札所 3 吉野山の蔵王堂 京都の聖護院門跡、醍醐寺の三本山が含まれる、役行者ゆかりの35社からなる霊蹟です。平成13年修験道の祖 役行者神変大菩薩1300年遠忌を期に開設された霊場です
G-69 西国愛染十七霊場 0 愛染明王の誓願の中で有名なものに「知恵の弓 方便の矢を以って愛敬を与え幸運を授けよう 」とあります。平成6年古寺顕彰会 会長 下休場由晴先生のご尽力により、近畿地方で愛染明王を祀る17ヶ寺によって開創されました。
I-60 神仏霊場巡拝の道 0 西国(紀伊・大和・摂津・播磨・山城・近江)は神と仏の一大聖地であり、悠久の山河と信仰の歴史の刻まれた祈りの道があります。宗教、宗派の違いを超えて、平成20年3月、「神仏霊場会」が設立され、新しい巡拝コース「神仏霊場巡拝の道」が誕生いたしました
全国(東京・秋田除く) G-01 全国一宮巡拝 13 平安時代から鎌倉時代初期にかけて逐次整った一種の社格で、その上位にあるのが「一の宮」と称され、元禄時代より庶民の間に一の宮参拝が広がっていった。現在の一宮ブームのきっかけは出版物の発行や、1991年7月に開催した「一宮サミット」並びに同年10月に伊勢椿大神社の山本行隆宮司の呼びかけで「全国一の宮会」が結成されてからである。
東北・関東・北陸・東海・近畿 G-20 西山国師遺跡霊場 0 1番、奥州の入り口「白河の関」の福島に始まり東京、神奈川、長野、新潟、石川、岐阜、愛知、滋賀、京都、奈良、大阪、兵庫の各都府県に広く散在し、よく知られた古刹が多く、法然上人の高弟で浄土宗西山派の祖である西山上人ゆかりの地を巡る遺跡霊場です。
東北・関東・北陸・東海・近畿・中国・九州 G-21 日蓮宗の本山めぐり 0 日蓮宗の本山には、祖山1ヶ寺、霊蹟は宗祖一代の重要遺跡13ヶ寺、由緒寺院は宗門史上に顕著な沿革を持つ巨殺41ヶ寺あり、日蓮聖人の開闢の根本道場で日蓮宗総本山の身延山久遠寺を祖山として、1都2府14県に、55ヶ寺の本山がある霊場です。
関東・東北・北陸  G-30 親鸞聖人二十四輩巡拝 1 流罪の地、佐渡から家族とともに関東に移った親鸞上人は、京都に戻るまでの20年余り、北関東の地で、人生の苦悩を抱えて生きる庶民を相手に救いの道、仏教的生き方を説いた。その関東教化時代の有名な弟子たち24人、またその遺跡寺院二十四輩という。
関東・北陸・近畿 G-31 日蓮聖人霊蹟大本山めぐり 1 日蓮宗の宗祖の御霊蹟は 身延、池上、清澄、小松原、滝口、伊東、或いは京都の妙顕寺、本圀寺は広く知られている所です。(宗門に55の本山が有ります)祖師聖人の足跡を訪ね、自然の風物や遺跡を通じて聖人の魂に接する、大本山めぐりです。
近畿・東海・関東  G-60 尼寺三十六所霊場 3 大阪の一婦人が家庭内の不幸に悩み、尼寺をめぐり、やがて安心を得たことに由来する。1971年3月に関西を中心として著名な尼寺が幾つも加わり、古寺顕彰会の下休場由晴先生らの手によって霊場会が結成された。
近畿・北陸 G-61 道元禅師を慕う釈迦三十二禅殺めぐり 1 わが国の曹洞宗の宗祖 道元禅師の教えに学び正しい仏法「八正道」の実践をめざそうという主旨で「釈迦三十二禅刹会」が結成され、1996年(平成8年)に開設された霊場です。大本山永平寺と大本山総持寺祖院を総括寺院に京都(山城国)、滋賀(近江国)、福井(若狭国、越前国)の三県からの三十二ヵ寺で構成されております。三十二というのは釈迦が具える三十二相にちなんだものです。なお、釈迦三十二禅刹会では、「朱印」に代えて「禅語」を頒布しています。
近畿・北陸・東海  G-62 真宗十派本山めぐり 1 浄土真宗本願寺派 約10500箇所・真宗大谷派 約9800箇所・真宗興正派 約490箇所・真宗仏光寺派 約390箇所・真宗木辺派 約250箇所・真宗三門徒派 約40箇所・真宗出雲路派 約70箇所・真宗山元派 約20箇所・真宗誠照寺派 約80箇所 各本山ごとに独立、設立、復興の歴史があります。
近畿中心に下記府県に分散(香川・山口・東京・鹿児島) G-63 歴代天皇・御陵めぐり 5 皇陵巡拝は、幕末に流行した伊勢参宮の系譜に位置付けることもできようし、あるいは、近世中期以来の本尊巡礼コースの乱立において天皇を本尊とする巡礼が誕生したと考える事もできる。天皇の人間宣言により一時衰退したが、自分の眼で実物を見て、日本の歴史を考えてみたとの欲求やロマンを抱いておりその動機は今も変わりはないといえる。
近畿 G-69a 聖徳太子御遺跡霊場 0 大阪、兵庫、京都、奈良各県に広がる、聖徳太子が建立した寺々や御廟など、ゆかりの28ヶ寺を巡る霊場です。(現在は活動休止中)
G-64 関西花の寺二十五ヵ所 0 四季折々の花のある境内を楽しみながら仏教に少しでも近づいて貰おうと宗旨宗派を超えて関西2府4県(京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山、滋賀)の寺院を巡る霊場です。アジサイ:観音寺、久安寺、岩船寺、ボタン:隆国寺、久安寺、石光寺、金剛寺 ツツジ:楞蔵寺、如意寺、など。他にキキョウ、ハス、サツキ、紅葉、モクレン、平戸ツツジ他などが有ります。
G-66 近江湖北二十七名刹巡礼        1 宗派にとらわれず、本尊も限定せず、歴史的にも文化的にも貴重な寺や像が多い、琵琶湖の周辺(湖北、湖東、湖南、湖西)にそれぞれ27ヶ寺づつを選定する新しい霊場で古寺顕彰会会長の下休場由晴先生の働きかけで平成4年に開創された湖北編です。
G-67 近江湖東二十七名刹巡礼  0 宗派にとらわれず、本尊も限定せず、歴史的にも文化的にも貴重な寺や像が多い、琵琶湖の周辺(湖北、湖東、湖南、湖西)にそれぞれ27ヶ寺づつを選定する新しい霊場で古寺顕彰会会長の下休場由晴先生の働きかけで平成9年に開創された琵琶湖畔の巡礼シリーズ第2弾です。
近畿・東北 G-65 ぼけよけ二十四霊場 0 認知症が社会問題となり始めた昭和63年開創された霊場、全寺に同型同大の「老夫婦を足下において数珠をまさぐっている地蔵蔵」を本堂の外に置き参拝者を迎えてくれる地蔵霊場です。
中国・四国・近畿・東海 G-70 法然上人二十五霊場 1 死の床で法然上人は「念仏の声するところ、みな我が遺跡」と論したという。18世紀半ば宗祖550回忌には、25霊場が定められた。国内事情の不幸な一時期のため、25霊場の名前のみが残った状況下にありましたが、総本山知恩院を中心として、心ある僧俗各位が復活に鋭意努力され、その他に各事業の成果が25霊場巡拝の気運を昂め、巡拝行が栄えてきました。
四国・近畿 G-80 真言宗十八本山巡拝 1 弘法大師の教えとその実践に基づき、真言宗各派の総本山・大本山18ヶ寺が真言宗各派総大本山会を結成し、1995年に創立した。

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十二支霊場

エリア NO 名称 コース数 参考
東海 H-50 三河十二支霊場 0 旧三河地方(岡崎市、碧南市、額田郡、幡豆郡)で「医者いらず霊場」と云われ、病封じの寺々が集まり昭和52年開創された霊場です。
四国 H-80 さぬき十二支霊場 0 香川県西部の瀬戸内海に面した地区を中心に昭和53年誕生した霊場です。弘法大師の産湯の霊蹟と云われる海岸寺や自然に囲まれた長寿院などが有名。

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